オーストラリア出発まで-2-

 

 

 

-どんな学生生活を過ごしたの?-

 

はい、まず中学は英語とも無縁で、部活としてもやっていたテニスに毎日明け暮れていました(特に全国大会とかに出てたわけでもありませんwww)高校生活はというと、ここでもやっぱり英語を含めた学校の勉強の成績は見事に学校の順位ど真ん中でした。普段の生活は、変わらずテニス部の活動とあとは入学当初からギターを始めたくらいの変化しかありません。味気ないですよね!

 

成績も特に伸びきることなく、国公立の大学を受験するも見事撃沈…浪人する気も起きなかったため(まあ勉強がきらいでした)札幌にある、ネットではよく叩かれているいわゆる”Fラン大学” に入学しました。ここでも、特に目標や就きたい職業もなく、”なんとなく経済学部に入学” という始末…入学当初も、本当に留学や英語を頑張ろうなんて毛頭なかったのです。

 

この頃は、特に人見知りも激しく、人前で話すことが苦手だった私は”海外”や”英語”とはかけ離れた人物でした。自覚はしていながらも、日々バイト、音楽サークル、遊びに明け暮れる毎日で、そうこうしているうちにすぐに1年が過ぎていましたね。本当に自分に投資なんて一切しませんでしたよ。目の前の楽しみだけを追っている日々です。

 

これといった努力はしないくせに、やっぱりコンプレックスの塊な自分は、一年過ぎて漠然と”このままではまずいよなぁ”とか”なにかしなきゃな”と考えるも特に行動には移らずww 多分この記事読んで頂いている方もイラっとするほどのダメ人間ですよねwwただ、そんな私にも大学2年の夏で転機が訪れます。

 

そう、実は私初めての海外に出るのです。しかもいきなり1ヶ月の短期留学。

 

-あの人見知りで勇気もないJimが海外?-

自分もなにを焦ったのか、TV番組で流れていた”今、フィジーが熱い”という特集を見て、急遽渡航を決めたのです。はい、めちゃ怖かったです。できれば行きたくないけど、何か変わればというとても嫌々な気持ちの出発ですwww

 

今思えば、1ヶ月でなにが出来るんだよ!と思いますが、その頃の自分からすると、とんでもなく大きなことをやるような気分になっていました。ちなみに旅費は、小さい頃からお年玉などで貯めていた分でまかなえましたが。

 

フィジーでは、インド系(英語)の家族のもとでホームステイをし、平日は学校で約6時間ほどのグループクラスを受講していました。学校はEOP(English Only Policy)であったのですが、生徒はほとんどが日本人で。。それはまあいいんですが、やっぱり生徒の前でのスピーチはとにかく手も震えて緊張し続け、めちゃくちゃ涙でどもっていました。慣れることは全くなかったですね。家では、ホストマザーが気を遣って色々話しかけてくれましたが、インド訛りの英語は自分にはほぼ理解不能でしたwww 学校でも既に何ヶ月も滞在している方や人見知りせずどんどん発言する人がクラスをリードしていたから自分はなにも出来ず、”一体なにをしに来たのだろう”と落胆するというオチでした。

 

もちろん休みの日には学校の友達と離島に出てみたり、飲みに出かけたりと楽しい思い出もありましたが、旅行記はまた別で綴ろうと思いますww

 

ダラダラと書いてしまいましたが、結論としては本当に成長に繋がったの?という旅でした。帰って来てから英語力はどうなのというところですが、所詮一ヶ月この段階ではTOEICなどの試験も受ける実力じゃなく、たまに街の飲食店などで出会う外国人に話しかけられても返事はおろか聞き取りも出来ない状態でした。

 

さあ、ここまで読んでいると本当に来年オーストラリア行ってJim大丈夫かよ?!って思いますよね。はい、けどそんなビビリな私が少しずつ変わる様子があるところも次回書いて行きますね!

 

ここまで読んで頂きありがとうございます!


人気ブログランキングへ

↑ポチッとお力を貸してください!

英会話

投稿者: Jim

オーストラリア シドニーの現地企業でインターンシップをしている脱サラ純日本男児のJimです。 インターンシップの他にルームメイトとの普段の生活、週末のシドニー旅行スポット、書類手続きの情報を発信しています!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA